木蘭さんの「書く習慣」

アプリ「書く習慣」で書いた文章や日々の書写など

お題:モンシロチョウ

「とおしゃん、みてみて! かあしゃんのちょうちょ、いるよ!」

そう言って、ハヤトが庭先でひらひらと舞うモンシロチョウを指差した。

「ぼくのおべんとぶくろといっしょだ!」 
嬉しそうにはしゃぐハヤトの手には、菜の花の周りを舞うモンシロチョウを刺繍した手作りの弁当袋が握られている。ハヤトの母、つまり僕の妻チハヤが彼に遺した唯一のものだった。

我が子を身籠ったとき、チハヤは既に自分の生命が長くないことを知っていた。それでも彼女は僕の目を真っ直ぐ見つめてこう言った。

「私、この子を産みたい。自分の生命と引き換えになっても、縁あって授かったこの命を守りたい」

覚悟を決めた彼女を前に、僕がそれを止められるわけもなかった。彼女は無事にハヤトを産み、2年という限られた時間をともに過ごした。

ハヤトが生まれて間もなく、チハヤはあの弁当袋を作り始めた。もともと超がつくほどの不器用さで裁縫の類いは避けて通ってきたという。

「でも私、この子が幼稚園に行くころはもういないから。せめて、私が母としてできることを1つでも遺したいの。モンシロチョウって、幸運を運ぶといわれてるんだって。ハヤトにも、幸せがたくさん運ばれてるようにいっぱい刺繍しないとね」

そう言いながら真剣な眼差しで刺繍する彼女は、苦手なことのはずなのにとても嬉しそうだった。こうして彼女の想いがつまった弁当袋は、この春幼稚園に入園したハヤトの手に渡ることとなった。

後から知ったのだが、モンシロチョウはこの世を去った者が姿を変え、ひらひらと舞いながらこの世に生きる者たちを見守っているとも言い伝えられている。おそらく、チハヤはそれも知っていたことだろう。

そういえば、ハヤトが幼稚園に行くようになってから庭先でモンシロチョウを見かける機会が増えた気がする。もしかすると、あれは…

「とおしゃ〜ん!」

ハヤトの声にハッと我に返った。そろそろ幼稚園に行く時間だ。今日もまた、あのモンシロチョウ達が彼を見守ってくれることだろう。