木蘭さんの「書く習慣」

アプリ「書く習慣」で書いた文章や日々の書写など

お題:真夜中

「かぁしゃ〜〜〜〜〜ん‼︎」

真夜中、眠っているはずの息子が大きな声で叫ぶ。夢でも見ていたんだろうか。幼稚園に通うようになってから、時々こういう夜がある。

「ハヤト、どうした?」

俺は、息子の背中をさすりながら名前を呼ぶ。  

「かぁしゃんは? かぁしゃんはどこ?」

息子は真っ暗な部屋の中、手探りで自分の母の行方を探そうとする。でも、彼の探す「かぁしゃん」はここにはいない。

ハヤトが生まれる前から闘病を続けていた妻のチハヤは、2年前にこの世を去った。幼稚園に通う我が子の姿を、彼女は知らない。

だが、彼が生まれて1年が経ったころから彼女はあるものを作り始めた。菜の花とモンシロチョウの刺繍がついた弁当袋は、お世辞にも器用とはいえない彼女が作り上げたものだ。ハヤトが幼稚園に通うようになったときのためにと、時に自らの生命を削るように必死で仕上げていた。

「ハヤト、かぁしゃんはここだよ」

俺は、部屋の電気を点けて幼稚園バッグに入っている弁当袋を取り出してハヤトに渡した。ハヤトは愛おしそうにその袋を抱きしめ、「かぁしゃん…」と安心したように言った後、間もなく眠りについた。

チハヤ、君の愛の力は絶大だ。以前、夜遅くまでこの袋を作っていた君に「僕の愛があれば、君は何でもできる」って言ったのを覚えているかな。でも、君の命懸けで遺した愛情のおかげで、僕はハヤトのためなら何でもできる。おそらく、今日みたいな真夜中の光景はこの先何度もあるだろう。そのたびに、ハ君と僕がどれほどハヤトを愛しているか伝えて乗り越えていくつもりだ。

だから、これからも僕らのことを変わらず見守っていてほしいんだ。頼むよ、チハヤ。

 

追記:

モンシロチョウの回(https://moklen.hatenablog.com/entry/2023/05/11/111000)と昨日(https://moklen.hatenablog.com/entry/2023/05/17/223811)に続き登場の親子です。ちなみに、ハヤトくんのお父さんはホクトさんといいます。ホクトさんとチハヤさんの子どもなのでハヤトくん、なのです。